東京地方裁判所 昭和30年(ワ)9182号 判決 1960年8月25日
原告 三原純雄
被告 韓升元 外一名
主文
被告韓升元は原告に対し別紙目録(二)の建物を収去し且つ金八十四万三千七百五十円を原告より支払を受けると同時に東京都豊島区要町三丁目三十番地の四乃至六の土地八十六坪をその地上の別紙目録(一)の建物と共に明渡せ。
被告韓升元は原告に対し昭和三十年一月七日以降昭和三十二年二月末日までの一ケ月金六百五十五円の金員を支払へ。
被告韓升元に対する原告その余の請求を棄却する。
被告アストロ光学株式会社は原告に対し別紙目録(一)(二)の建物より退去してその敷地である第一項掲記の土地八十六坪を明渡せ。
訴訟費用は被告両名の負担とする。
この判決は仮に執行することができる。
事実
原告訴訟代理人は「原告に対し被告韓升元は別紙目録(一)(二)の建物を収去してその敷地である東京都豊島区要町三丁目三十番地の四乃至六の土地八十六坪を明渡し且つ昭和三十年一月七日以降右土地明渡済までの一ケ月金六百五十五円の金員を支払へ。被告アストロ光学株式会社は原告に対し別紙目録(一)(二)の建物より退去して、その敷地である前示土地八十六坪を明渡せ。」との判決並に仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、
(一) 東京都豊島区要町三丁目三十番地の四乃至六の土地八十六坪は原告の所有に属するところ、
(二) 被告韓升元は昭和二十九年十二月十四日以降(一)(二)の建物を所有し、(一)の土地をその敷地として、原告に対する正当の権原がないのにその土地を占有し
(三) 原告にその土地の相当賃料と同額の一ケ月金六百五十五円相当の損害を与へてゐる。
(四) 被告アストロ光学株式会社は別紙目録(一)(二)の建物を使用し、その敷地である前示土地八十六坪を占有してゐる。
(五) よつて原告は土地所有権に基き、被告韓升元に対しては別紙目録(一)(二)の建物を収去してその敷地八十六坪の明渡を求めると共に同被告が右敷地の占有を始めた日の後である昭和三十年一月七日以降敷地明渡済までの一ケ月金六百五十五円の賃料相当の損害金の支払を求め、又被告アストロ光学株式会社に対しては、別紙目録(一)(二)の建物より退去してその敷地を明渡すべきことを求める次第である。
被告韓の抗弁事実中(イ)は認めるが(ロ)は否認する。(ハ)については同被告が買取請求した当時の本件建物の価額は二十五万円である。
と述べ、
再抗弁として原告と訴外荻野勘次との間の本件土地賃貸借契約は荻野においてその借地上の所有建物を被告韓の云ふ如く、訴外李庸洙に売渡し、その敷地を原告の承諾を得ないで、李に使用させた(原告は転貸と思料するが)ので、原告は右事由に基き荻野に宛て昭和二十九年十一月二十四日土地賃貸借を解除する旨の通知を発し右通知は翌二十五日被告に到達したので、これにより原告と荻野との間の賃貸借は解除されたが、被告韓は右解除後に本件建物を取得したものであるから買取請求権はないと述べ、
立証として甲第一号証の一、二を提出し、証人荻野勘次の証言並に原告本人訊問の結果を援用すると述べた。
被告韓升元訴訟代理人は原告の請求を棄却するとの判決を求め、原告主張事実中
(一)は認める。
(二)のうち被告韓が別紙目録(一)(二)の建物の敷地を占有する正当の権原のないことは否認するがその余の事実は認める。
(三)のうち右建物の敷地の相当賃料が一ケ月六百五十五円であることは認める
と述べ、抗弁として
(イ)原告主張の(一)の土地は昭和二十年四月十三日訴外荻野勘次において、これを原告から普通建物所有の目的で賃借し、右借地上に別紙目録(一)の建物を所有してゐたが、右建物は荻野が昭和二十七年一月二十三日訴外李庸洙に、李庸洙は昭和二十九年三月九日訴外朴竜基に順次売渡され、更に右建物に設定されてゐた抵当権実行としての競売手続により昭和二十九年十二月十四日被告韓升元においてこれを競落に因り取得し、昭和三十年一月七日その取得登記を経由したものであり、別紙(二)の附属建物は前示李庸洙が建設したものを同人より(一)の建物競落当時、被告において買受けたものであり、
(ロ)右(一)の建物が荻野より李を経て朴に売渡される都度その敷地である本件土地の借地権は順次売主より買主へ譲渡され、原告は右各譲渡を承諾して来たが、被告韓は(一)の建物を競落の直後、右建物の前主朴と同様本件宅地を原告より賃借したのである。
(ハ)仮に右賃借の事実が認められないとされるときは、被告韓は建物の競落により前主朴の借地権を承継したのに、原告はその承継を承諾しないのであるから借地法第十条に基き昭和三十二年三月一日の本件口頭弁論期日において別紙目録(一)(二)の建物買取請求をする。
右買取請求当時の右建物の価額は金百五十万円であるから右金員の支払あるまで被告韓は右建物と共にその敷地である本件土地を留置する。
原告の再抗弁事実中その主張の解除の通知が荻野に到達したとの点は不知
と述べ、
立証として証人荻野勘次、李庸洙の各証言、鑑定人川口立夫、川口長助の各鑑定の結果並に被告韓升元に対する本人訊問の結果を援用し、甲第一号証の一、二の成立を認めると述べた。
被告アストロ光学株式会社代表者は通常の方式による適法な呼出を受けたが、本件口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面も提出しない。
理由
先づ被告韓升元に対する原告の請求について判断する。
原告主張の(一)の事実並に(二)のうち、被告韓に係争地を占有する権原があつたか否かの点を除いたその余の事実は本件当事者間に争がない。
被告韓は別紙目録(一)(二)の建物の敷地八十六坪を占有する権原として、訴外荻野勘次が右敷地についてもつてゐた借地権が前示目録(一)の建物の譲渡等により順次建物の取得者に承継され、右承継は敷地の賃貸人である原告の承諾を得て被告韓が現に借地人となつてゐる旨主張するのでこの点についてしらべてみると、
被告韓の(イ)の抗弁事実は原告の認めるところであり、右事実と証人荻野勘次、李庸洙の各証言を綜合すれば、別紙目録(一)の建物が荻野勘次より李庸洙に李庸洙より朴竜基にと順次譲渡されると共にその敷地である本件土地八十六坪の借地権も、建物の譲渡に伴ひ順次荻野より李庸洙を経て朴竜基へと譲渡されたことは認めることができるけれども右借地権の譲渡を原告が承諾したとの事実はこれを認め得る証拠がないばかりか、却つて成立に争のない甲第一号証の一、二並に原告本人訊問の結果によれば、原告は登記簿の閲覧により昭和二十九年十一月十六日初めて、荻野が原告より賃借中の借地上の建物を李庸洙に譲渡し更に李庸洙より朴竜基に譲渡し、借地を原告の承諾を得ないで李庸洙乃至朴竜基に建物の敷地として使用させてゐる(借地権の譲渡か、借地の転貸かの点はさて措き)ことを知り昭和二十九年十一月二十四日賃借人(本件土地の)荻野勘次に宛て、借地を他人に使用させてゐることを理由として荻野との間の本件土地賃貸借契約を民法第六百十二条により解除する旨の通知を発し、右通知は翌二十五日荻野に到達して居り、従つて前示借地権の各譲渡につき原告は承諾などを与へた事実のないことが認められる。
しかも右認定の事実からすれば、原告と荻野との間の本件土地賃貸借契約は右土地の借地権の譲渡乃至転貸を理由とする原告の解除通知の到達により昭和二十九年十一月二十五日限り解除されて終了したものと云ふべく、従つてその解除後の昭和二十九年十二月十四日前述の如く原告が本件土地の地上に存する別紙目録(一)の建物を競落に因つて取得したことは本件当事者間に争がないけれども、原告は建物の取得により、前主の建物敷地の賃借権を承継するに由なく、しかも被告韓が原告より新に建物の敷地を賃借した事実の主張も証拠もない本件では、同被告は右建物敷地を占有する正当の権原がなかつたものと云はざるを得ない。
そこで同被告の(ハ)の主張について考へると、前述のように被告韓は建物の敷地について建物前主の借地権を承継しなかつたのであるが、他方借地法第十条は第三者が賃借権の目的である土地の上に存する借地権者の権原により土地に附属させた建物等を取得した場合、賃貸人が賃借権の譲渡(又は転貸)を承諾しないときは賃貸人にその建物等の買取方を請求できる旨の表現をしてゐるので、同法条にいはゆる第三者とは単に建物等を取得したばかりでなくその建物等の敷地の借地権者より借地権の譲渡(譲渡以外の承継を含む)又は転貸を受け又は賃貸人の承諾を条件として受け得る権利を有する者であることが予定されてゐると解されるので、被告韓のように建物は取得したが、建物の敷地の賃借権は何人も有せず従つて賃借権を譲受け又は転貸を受けることができず、賃貸人より新に賃借するは格別、既存の賃借権の譲渡又は転貸の承諾などの有り得ない本件の場合に右法条による建物買取請求権がないといふ考へ方も有り得るわけであるが、
右法条を解して「第三者カ土地ノ最初ノ賃借人ヨリ其ノ賃借権ヲ譲受ケタル場合ハ勿論此等権利カ最初ノ賃借人ヨリ数次転輾譲渡セラレテ第三者ニ帰属スルニ至リタル場合ニモ適用セラルヘク又此後ノ場合ニ数次ノ賃借権ノ譲渡ノ孰レニ付テモ賃貸人ノ承諾ナキ為第三者及其ノ前主(最初ノ賃借人ヲ除ク)カ共ニ賃貸人ニ対抗シ得ヘキ賃借権ヲ取得セサルトキト雖最後ノ譲受人タル第三者ハ賃貸人ニ対シ建物買取請求権ヲ有スルモノト」されて居り、(大審院判例集第十三巻第七号民事五五四頁)又「第三者が賃借地上の建物をその敷地の賃借権と共に賃借人より譲受けた場合、賃貸人が賃借権の譲受を承諾しないで民法第六百十二条第二項の規定に基き賃借人に対し契約解除の意思表示をしても第三取得者の借地法第十条所定の買取請求権は消減することがない。この法条は地上建物の第三取得者があるに拘らず賃貸人において賃借権の譲渡を承諾しないことがあることを予想し、この予想の下に地上建物の依存による経済的効用を全うさせ、延いて第三取得者の利益を保護することを眼目として設けられた規定であるから地上建物取得の当時賃借権の存することを以て足り、買取請求当時まで賃借権の存続することを前提としたものではない」のである(大審院判例集第十八巻第十三号民事八七七頁)から、これ等の借地法第十条についての考へ方を推し進めて行くと、
本件において被告韓が別紙目録(一)の建物を競落取得するまでは、その建物の直接の前主が借地法第十条による買取請求をなし得る権利(形成権と解されるが)をもつてゐたことは疑ひがなく、この権利が原告の無断賃借権譲渡乃至転貸を理由とする賃貸借の解除により消滅するものではないことも明である。右買取請求権は借地上の建物の第三取得者である地位に附随するものであるから被告韓は別紙目録(一)の建物を競落取得することにより建物の敷地の賃借権を取得することはできなかつたが、建物の取得により前主のもつてゐた建物の買取請求をなし得る権利を承継したものと解する余地があり、原告が同被告との間に新に敷地につき賃貸借契約をしたといふような特段の事情がない限り、同被告はその建物買取請求をなし得るものと解するのが相当である。
かように解することは借地法第十条の第三取得者の保護の法意にも合ふものであるし、賃貸人としても、もともと競売手続がなかつたならば、建物の前主よりの買取請求を甘受しなければならない関係にあつたのであるから、その同一建物につき被告韓からの買取請求を受けたからとて格別の不利益を受けるものとは云へず、他方被告韓としては、原告と当初の賃借人である荻野との間の賃貸借が解除されたか否かを知る由もないので、その解除があつたために買取請求ができないといふことになれば、莫大の損害を受けることになる(殊に本件の場合には、競売法による競売手続で競落したのであるから、競売手続でも、うつかり競落できないことにならう)からである。
ところで被告韓は昭和三十二年三月一日の口頭弁論期日において原告に対し建物買取請求をしたので、この請求により別紙目録(一)の建物は原告に買取られたこととなり原告の所有に帰したと同時に原告は右建物の相当代金を被告韓に支払ふ義務を負担するに至つたもので、その建物の明渡と代金の支払とは同時履行の関係に立つものと云はなければならない。
さて、鑑定人川口長助の鑑定の結果によれば、被告韓が建物買取請求をした昭和三十二年三月一日当時における別紙目録(一)の建物の価額は金八十四万三千七百五十円を相当とすることが認められる。鑑定人川口立夫の鑑定の結果も右価額と大差はないが、これを採らないし、他に右認定を左右できる証拠はない。(もつとも右価額の点では本判決は既判力を有するものではなく、単に建物の明渡従つてまたその敷地の明渡を受けるため原告が支払のため提供すべき金額としての意義を有するに止まるものではあるが)
以上により、原告は金八十四万三千七百五十円の支払と引換に別紙目録(一)の建物従つてまたその敷地である本件土地八十六坪の明渡を求めることができるわけである。
しかしながら別紙(二)の建物は本件土地の賃借人である荻野が、その権原により右土地に建設したものではなく、李庸洙が建設したものであるから原告に対する買取請求権の対象とはならず、右建物は被告韓において直ちに収去してその敷地を更地となし、前述の(一)の建物代金の支払と引換に(一)の建物と共に本件八十六坪の土地の一部として原告に引渡すべき義務があるものと云ふべきである。
さらに被告韓は本件土地を占有するについて、原告に対する関係において何等の権原もなかつたことは、すでに述べたところにより明であり、仮に同被告において建物前主よりその敷地の借地権を譲受けた(真実は借地権はすでに何人に関する関係でも存在してゐなかつたことは前述の通りである)と信じてゐたとしても、地主であり賃貸人であつた原告よりその敷地の譲受乃至使用について承諾を得た事実は認め得ないのであるから、被告韓としては本件土地占有の権原のないことを知り又は少くとも知り得べかりしものであつたと云はざるを得ないので同被告は昭和二十九年十二月十四日以降本件建物買取請求をした日の前日の昭和三十二年二月末日まで、原告の本件土地所有権を故意又は過失により侵害し、その土地の賃料相当の損害を原告に与へたわけである。従つて右の範囲内である昭和三十年一月七日以降昭和三十年二月末日までの一ケ月金六百五十五円の当事者間に争のない相当賃料と同額の損害金の支払を求める限度において原告の損害金請求は正当である。
以上判示したところにより、原告の被告韓升元に対する請求は主文第一、二項の限度において正当であるがその余の部分は失当であつて棄却すべきものである。
被告アストロ光学株式会社は同被告についての原告主張の(一)(四)の事実を明に争はないので民事訴訟法第百四十条の規定により自白したものと看做されるところ、右事実によれば同被告に対する原告の本訴請求は正当である。
よつて訴訟費用の負担につき、原告と被告韓との間に民事訴訟法第八十九条第九十二条但書を、原告と被告会社との間に同法第八十九条を原告と被告両名との間に同法第九十三条第一項本文を適用し、又仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 毛利野富治郎)
目録
(一)東京都豊島区要町三丁目三十番地所在
家屋番号 同町百八番
木造瓦葺二階建居宅 一棟
建坪十九坪五合、二階十一坪
(実測建坪二十三坪二合五勺、二階十一坪)
(二)附属同所同番地六所在
木造トタン葺バラツク建 物置一棟
建坪 十坪
(実測十一坪三合三勺、実状は工場)